知ってる?包近(かねちか)の桃
「岸和田」といえば「だんじり」というイメージが真っ先に思い浮かぶ。でもそれだけではない。じつは岸和田市の東部に「世界一の桃」があることをぜひお見知りおきいただきたいのである。「世界一甘い桃」として、その糖度がギネス世界記録に輝いた生産者が岸和田市東部にいるのだ。包近町の松本隆弘さん(52)である。
桃は、その出荷量を見ると、山梨、福島、長野の3県で約8万トンあり、全国シェアの60%以上を占めている。また近くのスーパーなどでは、和歌山や岡山産の桃がたくさん出回っているのでこちらも有名。
これらの大生産地と比べると、包近町は約60軒の生産者全体で、年間120トンの出荷量にすぎない極めて小規模な生産地である。
木成りの完熟桃
こちらの桃は「包近の完熟桃」ともいわれている。都市近郊の立地を生かして、早採りせずに出荷ぎりぎりまで樹上で完熟させる。完熟させることでさらに糖度は高まる。取扱いはデリケートになるが、輸送距離が短く、いち早く消費者に届けることができるという、大都市隣接農業ならではの利点を最大限に生かし、数ではかなわないが鮮度と味で大生産地の果実との差別化を実現しているのが「包近の桃」なのだ。
「農業をやめようと思った」
桃の出荷の流れは、毎朝収穫して、共同選果場に運び、等級に選り分けて卸売市場や量販店に流通するのが一般的な流れである。出荷時期の桃生産者は多忙を極める。隆弘さんは若い頃から出荷の手伝いをしてきたが、20代は親戚が営む建設会社のダンプカー運転手を生業としていた。30歳を過ぎ、結婚を機に家業の農業を継ぐことになり、「農業で稼ごう」と決意した。
桃農家は軒先販売を除き、生産者自らが売り歩くことは、時間的に難しいが、隆弘さんは独自の販路を築くべく、大阪や兵庫の仲卸業者のもとへ毎晩走り回った。いくつかの販路を得て配達していたが、帰宅するのはいつも夜中。明朝は早くから収穫作業が待っているので当然十分な睡眠がとれない。独自販路での直接配達を数年繰り返したが割に合わず、睡眠不足もたたり、鍛えた体も悲鳴を上げた。
バクタモン栽培に出会う
これだけ奔走しても割に合わない農業は、「儲からないな」と落胆していたとき、卸売市場の知人から鳥取県産の高糖度リンゴの話を聞く。このリンゴには「バクタモン」という土壌改良微生物が使われており、市場で一番の高値がつくという。当時の事を「自分の農業のやり方というものが無かったことが、むしろ良かった」と振り返る隆弘さんは、桃栽培の慣習に縛られない柔軟な発想で、自らの農園にバクタモンを取り入れた。
試行錯誤し、独自の肥料設計を施した結果、1年目で糖度25.5度の桃が何個もできたのである。
これまでの桃では考えられない高糖度が出たのも驚きだったが、さすがに25.5度という同じ数値ばかりというのもおかしいと思い、糖度センサーのメーカーに問い合わせた。「それは機械の故障です」とすぐには信じてもらえなかったが、調査の結果、なんと糖度計の針が振り切れていたことが分かったのだ。じつはこれがきっかけでメーカーの糖度計「フルーツセレクター」の測定範囲が35度に改良されたというこぼれ話もある。