名産水なすの「駅前農業」とは
大阪を代表する野菜といえば何と言っても「泉州水なす」である。
みずみずしくて灰汁が少ない、皮も薄いので浅漬けをはじめ生でも食べられるナスとして全国的に有名だ。「大阪泉州農協」と「いずみの農協」のふたつのJAで、地域団体商標に登録するブランド野菜である。
駅前農業に活路!
大阪を代表する繁華街ミナミ、南海なんば駅から関西空港や和歌山市内へと至る南海本線で約30分の貝塚駅は、ローカル線の水間鉄道との乗り換え駅でもある。
その貝塚駅から徒歩5分の路地に人だかりが。築62年という立派な農家住宅の軒先で野菜が販売されていた。ここが北野農園だ。
市街化が進む大阪では農地の減少とともに住宅が増え、貝塚駅周辺も同じ。
新しく入った住民には「トラクターがうるさい」、「ほこりが立つ」などと苦情を言われることが不思議でない時代に、北野忠清さん(34)は「消費地がとても近いんです!」と駅前農業の可能性を熱く語る。
ご両親と奥さんの家族経営を基本に社員とパートの計9人体制。主力の泉州水なすでは加温、無加温のハウス栽培と路地栽培を組み合わせて年間10ヶ月以上も出荷、販売している有力な水なす農家だ。
「バランスよく販路を築いている」
忠清さんは大学卒業後、時代最前線のIT業界に進んだ。その後、25歳で家業の農業に入った。「人と違うことをやりたかった」というのが動機だ。
農業にたずさわるようになって、さっそく貝塚市内の若手生産者とともに毎週火曜の夜8時、駅近くの商店前で「ベジナイト」という野菜の販売会を開催する。
単に「新しいことをやってみたい」というだけでもない。はじめたきっかけは「リヤカーでも売りに行ける場所を持っておきたかった」という思いから。「地元ファンを増やしたい」という考えは、JA出荷だけでなく飲食店や八百屋との直接取引、ECサイトでの販売、スーパーの生産者コーナーへの出荷、軒先販売など大口の販路に依存しないバランスの良い経営スタイルにも表れている。
この地元イベントは今年で10年目を迎えている。
「楽して儲けるのは無理やとわかった(笑)」
忠清さんが就農した頃は、「いかに高く売るか」つまり「楽して儲けるか」に意識が向いていたという。けれども「農の匠」でもある父親の農業への姿勢に接するうちに、いまは「ええもんを作ってリーズナブルに提供したい」と思うようになった。
「やっとナスの声が聞こえるようになってきた」とナスの成長の一瞬一瞬に意識を集中できるようになり、従業員にも「眠たい顔すんな、ナスはもう起きてるで」と葉っぱをかけている。ナスの棘が無数に刺さった掌からは、そんな忠清さんの情熱が伝わってくる。