大阪へ、帰ろう
「大阪へ帰って、農業がしたい」。しかしである。大阪で農業を始めるのは、産地で始めるのと勝手が違う。都市農業である。「土地が要る、人脈も要る」。その要領がわからなかった。勘をつかもうと、飛び込み先を探した。1年で辞めると時間を区切って叩いた門が、ナカスジファームだった。2013年のことである。
ナカスジファームは、人を育てることに熱心と評判だった。「毎日、必死でしたよ」。三織さんは結局、卒業までに2年をかけた。
「やるやん!大阪農業」中筋さんの記事に「地域的にも時代的にも、農業者が減っているいま、農業者の確保が先決だと思っている。ナカスジファームでは実際独立支援をしており、“3年前にはスタッフがねぎ農家として独立した”」とある。その「ねぎ農家」こそが三織さんだったのだ。
produced by ナカスジファーム
「この看板、中筋社長の卒業プレゼントなんです」。三織さんが大切に抱える看板には「produced by ナカスジファーム」とある。また看板のほかに畑を3反ゆずってくれた。なすのナカスジファームを巣立ち、三織さんは青葱で独り立ちした。三織さんが中筋さんから学んだことは、農作物より人の育て方という。
ナカスジファームでは、特に人材の育成について、ひとりでできるように仕立てる気配りを教えられた。「40人もいる農家の卵を追い立て、ときに競争もさせる気迫の人です。でもね・・・」三織さんは茶目っ気たっぷりに続けた「ナカスジさんの最大の作品は・・・私でしょ!」。
一種、二肥、三作り
「まるさんふぁーむ」の名前の由来をたずねた。「わたしの名前が三織でしょ。まるさんのさんは三織の三です。もう一つは・・・」。農業修業中に出合った言葉を教えてくれた。「一種(いちたね)二肥(にこえ)三作り(さんつくり)の三です」。農業で大切なことは「一番めにいい種を選ぶこと」。そして自分が何を作りたいか目標を立て「二番めに土を肥やすこと」。そして「三番めにようやくもの作り」なのだという。
「種を蒔いておけばいいだろう、という思いではいいものは作れない」と。三織の三と三作りの三、漢数字の三をマルで囲んで「まるさんふぁーむ」というわけだ。まるさんを青葱のブランド化を目指して最近作ったという専用の納品箱も見せてくれた。
きれいなしごと
作物を青葱にしぼったのは「香川で見た葱畑の風景が美しかったから」だという。レタス、玉葱、キャベツも候補にあったが、独立して畑に立つ自分を想像したとき、三織さんの場合、その風景は、あの時の葱畑だったのだ。
青葱は、納品までの選別で大量な残渣が出る。捨てる葉っぱを肥料にするのか尋ねてみると、「ぜんぶ、ほかし(捨て)ます」とはっきりとした答えが返ってきた。
「汚れたり、虫に食べられたり、病気になった所を捨てるわけでしょ。そういった部分は、土に返さないようにしたいんです」。それは誰かから教わった手法なのか聞いてみたら、「誰に教わった訳じゃなく、女子の感覚です」とのこと。だから、三織さんの畑にゴミはないのだ。
夏はネギ焼き、冬はフライパン炒め
青葱のおいしい食べ方をたずねた。夏の食べ方のおすすめはネギ焼きだという。3ミリから5ミリに切り、小麦と卵と水とまぜ、シャキシャキ感を残して焼き上げると、葱だけで充分美味しいんだそうだ。
そして冬の食べ方のおすすめはフライパン炒め。葉より下の部分をザクザクと数センチに切って、フライパンで焼く。味付けは塩、コショウを軽くふるだけのシンプルなもの。冬の葱は甘味が出て美味しいという。
女子農家を、ふやしたいんです
「3年後、10年後、どうしてますか」とたずねた。「変わらず、青葱を作っていると思う」。「圃場は広くなっているといいなと。そして人も増えているといいなと思うんです」。
三織さんは「女子の農家」を増やしたいんだという。女子は繊細だから、そして気がきくから。
「まるさんふぁーむにもっと「女子」に来てもらって、青葱の魅力を体感して発信してほしい。そしてそんな女子に農業を手伝ってもらって、わたしが畑に出る時間をもっと増やしていきたいんです。やっぱりいいものは畑に出ないと作れない。だから畑仕事は私がします。その辺の男より、力はあります」。三織さんは白い歯を見せ、ニッと笑った。
取材日 2019/7/18
記 事 棚橋智恵
写 真 棚橋智恵